Page 493 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 通常モードに戻る ┃ INDEX ┃ ≪前へ │ 次へ≫ ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ▼レポありがとう ヤッシーおじ 05/11/25(金) 7:10 ┗Re(1):レポありがとう ○ハラ 05/11/25(金) 15:35 ─────────────────────────────────────── ■題名 : レポありがとう ■名前 : ヤッシーおじ ■日付 : 05/11/25(金) 7:10 -------------------------------------------------------------------------
| みのんさん、エスクードさん赤穂レポありがとう。 おばあたちの喜んでいる姿が目に浮かぶようですね。 関西シリーズも昨日で終わりましたが、いろいろレポ していたただいてありがとうございました。 これからは鹿児島、福岡、愛媛と続き、いよいよ広島から 「さようなら、ありがとう」シリーズに入りますね。 ステージがどう変化するか楽しみですね。 <Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 5.5; Windows 98; Win 9x 4.90)@p14238-adsan11honb5-acca.tokyo.ocn.ne.jp> |
| ▼ヤッシーおじ さんへ: 「週刊文春」12月1日号の阿川佐和子さんとりみさんの対談を読みました。 これまでの、りみさんの歴史をテレビや記事で見てきましたが、ここでもまた、新たな発見がありました。 星美里時代、5枚のCDを出して…とありましたが、これはよく意味が分かりませんでした。 また、ある意味自暴自棄になっていた時代もあったようで、やっぱり、りみさんも人の子、いつも「てぃだ」でいられた訳じゃなかったと言うことも分かりました。 しかし、「涙そうそう」に出会って、「てぃだ」が本来の光を得始めたことも分かりました。 その前に、星美里時代、那覇時代があったからこそ、人に向かって歌を届けると言う使命に目覚めたものと思いました。 りみさんの「何でも聞いて下さい、話しますよ」的なトーク、開けっぴろげと言おうか、包み隠さずと言おうか、聞かれたくない部分なのかも知れないところでも、こうだったんですよとの説明に、またファンならずとも好感を抱かせる事となったと思います。 阿川さんのお父さんは広島出身と言うこともあり、佐和子さんにも親しみが持てました。 <Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 6.0; Windows NT 5.1; SV1; .NET CLR 1.0.3705; .NE...@p1205-ipbf208niho.hiroshima.ocn.ne.jp> |